憲法の論文式問題を作成する考査委員の立場にあった明治大学法科大学院の教授が、
教え子の受験生に本年度の問題を漏洩したとされる事件について、
すでに多くの報道がなされています。
試験制度の公平・公正を害する言語道断、前代未聞の不祥事であり、
再発防止の必要性は言うまでもありませんが、
これまでの報道であまり論じられていない2点について、
以下コメントを加えたいと思います。
1 漏洩のあった科目が憲法の論文式問題であること
元受験生であった者、そして法科大学院実務講師として憲法を担当する者という立場からすると、
憲法の論文式問題は特に受験生の出来が悪い科目ですので、
漏洩を受けた受験生は、他の受験生と比べて圧倒的なアドバンテージが
あったと思われます。
おそらく完全な解答に近い内容だったのではないでしょうか。
司法試験に合格するために受験予備校に通い、模試を受ける受験生も多いと思いますが、
受験予備校が作成した憲法の論文式問題の成績が良かったとしても、
司法試験での成績が良いとは限りません。
むしろ、いわゆる受験予備校ベッタリの論文式答案では、
司法試験で高評価を得る事は困難です。
特に、憲法の論文式問題は、受験予備校と司法試験とでは、質・量ともに格段の差が
あり、受験予備校の問題をいくら解いてもあまり意味がありません。
そうすると、憲法の論文式問題で高評価を得る、司法試験委員会が求める答案を書くためには、
受験予備校ベッタリでは全くダメで、
〇過去の司法試験問題(過去問)を実際に解き、
〇合格発表後に法務省ホームページで出される論文式問題の出題趣旨、
考査委員の採点実感等といった資料を分析し、
〇受験予備校が出している成績上位の受験生の再現答案を分析し、
〇自分の答案の反省点、改善点をあぶり出す。
〇以上の分析の成果を意識し、過去問を再度解くといった地道な努力が
必要となります。
実際、私は司法試験に合格した年には、出題趣旨や採点実感等を繰り返し読んで分析し、
憲法で求められる視点や自分が陥りやすいミスを箇条書きしたものを
A4サイズ数枚程度にまとめ、
過去問を解く前、本番直前のときに繰り返し読んでいました。
このように、
①本試験レベルの質・量を有する問題練習の素材が過去の司法試験問題に限られ、
本試験レベルで求められる答案作成能力を磨く機会が他の科目に比べて少ないこと
②受験予備校の作成した問題ばかり解いている受験生が多いこと
③論文式問題の出題趣旨、考査委員の採点実感等といった資料についての
分析の仕方、資料についての理解度について個々の受験生に差があること
(要するに、「資料の分析の仕方が甘い」受験生が多いということ)
④憲法で特に見られる傾向として、抽象的なキーワードの指摘にとどまり、
問題文の事実を踏まえた具体的検討が出来ていない受験生が非常に多いこと
から、憲法の論文式問題は毎年ながら受験生の出来が悪いですし、
法務省から出される出題趣旨や採点実感等も、
「こんなこと書いている人いるの?」というツッコミを入れたくなるくらい、
最新の学説や問題意識を反映した高度な論述を求めているときもあれば、
受験生答案に対し容赦ないダメ出しをしているときもあります。
今回の漏洩が「憲法」であったということについても注目すべきだと思います。
2 再発防止策として「研究者教員を外す」ことについて
今回の漏洩を受け、再発防止策として、
「司法試験問題作成は、裁判官、検察官、弁護士といった実務家のみですべきであり、
学生を教える立場にある研究者教員をすべて外すべき。」ことが考えられるでしょうし、
同様の趣旨の報道もされています。
ただ、実務家は具体的事案の解決のために日々の実務をこなしているのであり、
常に最新の学説や問題意識を研究しているというわけではありません。
したがって、実務家のみではこれまで同様の質・量を誇る司法試験問題を
毎年供給し続けることは困難だと言わざるを得ません。
特に、憲法の問題は、「学者ならではの問題意識」が出題趣旨に強く反映されている
ところですので、「学者を外すと憲法の問題は作れない」でしょう。
法務省としても、「考査委員から研究者教員を全て外す」といった再発防止策は
取れないと思います。
弁護士 高橋 裕